Flaneur-フラヌール-

50代からのSecond Life

コージの言葉

保険の営業をしている友人から

バーテンダーをやっている友人が入院しているというのを聞いたのは

暑い暑い夏がようやく終わろうとしている頃でした。

 

自分の店を閉めてから

雇われでバーテンダーを続けていたのですが

オーナーとうまく行かず、思い悩み、その店も辞め

しばらく休息をとっていました。

身体の調子を心配した奥さんに勧められて病院に行ったところ

末期の食道がんが見つかったのです。

 

すぐ入院した矢先

さらに悪いことに、病室で倒れ

頭を打って意識を失ってしまいました。

意識が戻らず

やむをえず喉に管を通してしまったため

話すこともできなくなってしまいました。

 

バーテンダーの友人は、中学時代の野球部の副キャプテン

物凄い豪速球を投げるピッチャーで4番

甲子園常連高校に特待生で引っ張られました。

高校で肩を壊してしまい、野球部を退部

その後、ボート部に転身して活躍したようですが

どういう訳か、バーテンダーを目指し、自分の店を持つまでに至りました。

 

保険営業の友人から連絡が来た時には

もうあと何カ月か、ということでしたので

とにかく急いでお見舞いに行くことにしました。

「もしかしたら、長い時間起きていられないので

行っても眠っているかもしれない」とのこと。

私は、中学野球部時代からずっと付き合いのあるコージを誘うことにしました。

 

コージは外野の補欠で

同じ高校に進学して、また一緒に野球部に入りましたが

そこでも補欠でした。

あんまり勉強ができるタイプではないのですが、とにかく面白いキャラで

私は気兼ねなく付き合え、なんでも話ができる親友と言える存在です。

 

その日、病院の手前の花屋で、二人でお金を出し合って

花を買って病室を目指しました。

後で、あーって思ったのですが

もういい加減大人なんだから

お見舞いとして、現金を包んでいくべきだったなと反省しています。

 

ともあれ、病室を見つけ、二人で恐る恐る入って行きました。

すると、バーテンダーの友人はベットの上で、目を開けていました。

すぐ私たちに気がついたので、「お見舞いに来たよ。あいつから聞いたんだ〜」

と声をかけました。

 

もう声を出せない友人は

口をパクパクさせながら、一生懸命、こちらに語りかけます。

なんとなく、「休みなのか〜」とか「来てくれてありがとう」

みたいなことを言おうとしている雰囲気の中

私は「大変だったな」「大丈夫か」ぐらいのことしか言えませんでした。

 

時々、痰が絡むような呼吸がとても気になりました。

あまり、長居していても苦しそうだな、と思いながら

自分の表情がこわばっているのがわかりました。

 

何て声を掛ければいいんだろうと考えていたその時

コージが言いました。

「お前は俺たちのエースなんだからよ、負けんなよ!早く治せよ!待ってからよ!」

まるで、末期の病人を相手にしているとは思えない口調で

明るく声をかけ

やせ細った手を握ったのです。

とっさに私もつられるように手を握りました。

 

帰り道、思わずコージにお礼を言いました。

「やっぱりコージと一緒に来て良かったよ。オレ、一人だったら何も言えなかった」

 

人が辛い時、苦しい時、悲しい時

どんなふうに声を掛ければよいのかわからなくなることがあります。

いたたまれなくて、軽はずみな声をかければ

傷つけてしまうのではないかと言葉が出てきません。

でも、伝えなければならないことがあります。

きっと伝えるべきなのでしょう。

 

コージの言葉は、絶妙でした。

素直な気持ちがそのまま言葉になったからなのでしょう。

 

やがて、秋が深まる11月の初旬

保険の営業をしている友人から訃報が届きました。

お見舞いに行こうと考えていた矢先でした。

容態が急変して帰らぬ人になってしまったとのこと。

 

中学の卒業アルバムを開いてみました。

野球部の集合写真には

ユニフォーム姿の中学生たち

一番前の真ん中で

バーテンダーの友人に肩を組まれて、いっしょに笑っている私がいました。

当時はあまり気にしていませんでしたが

やっぱりあいつは身体が一回り大きく、私はなんとも頼りない感じでした。

 

そんな立派な身体のやつが、なぜ?

 

コージは、2番目の列で小さな身体をかがめて微妙な顔で写っていました。

背の低いコージは大人になって、成長したんだな

そう感じました。

あの病室での言葉、一番嬉しい言葉だったんじゃないかな。

言ってくれて「ありがとう」

やっぱりあいつは、俺らのエースなのですから。

 

本日も日々の備忘録のようなブログに

おつきあいいただき、ありがとうございます。